口唇裂・口蓋裂について

はじめに

 口唇裂・口蓋裂は、日本人の場合400から500人に1人の割合でみられる、先天性の疾患です。鼻・くちびる・歯ぐき・上あごなどに変形があり、ほ乳・話しことば・かみあわせ・見ためなどで問題を生じます。
 妊娠初期の3ヶ月までに、環境因子(喫煙・飲酒など)あるいは遺伝因子など、なんらかの原因で生じる疾患ですが、正確な原因はいまだわかっていません。
 この疾患での治療は、1回でおしまいではなく、何回も時間をかけて行うのが一般的です。初回は乳児期ですが、終了は成人になるまでです。治療がこどもの成長を阻害することのないように、いそがずゆっくりとおおらかに、長い目でみた支援を行っていきます。


治療のおおまかな流れ

 生後約3ヶ月の乳児期に口唇裂の初回手術を行います。しばらく経過観察を行い、5-6歳の小学校の就学前に再評価します。キズや変形がめだつ場合には、修正手術を行います。
 口蓋裂もあるこどもについては、1歳ごろに口蓋(上あご)の手術を追加します。また言語聴覚士によることばの教室に行くこともあります。
 かみあわせ(咬合・歯科矯正)については小学校入学ぐらいをめどに当院歯科で診察してもらいます。顎裂がある場合にはその後に腸骨の骨移植を行います。
 育成医療による入院費用の減免の希望については、附属病院事務部門にお伝えください。

 初回の手術が終われば、すべてが解決というわけではありません。こどもがきちんと成長していくか、ことば・かみあわせ・みため、など問題を生じないか様子を見ていく必要があります。定期的な受診が必要です。
 思春期を迎えるにあたり、外観についての要望があれば、適宜修正術を行います。ただし全般において、手術の時期が成長に悪影響をおよぼすと考えられる場合は、すこし待ってからの手術をお勧めしています。
 成長期を過ぎ青年期にいたれば、患児は「こども」ではなく「おとな」です。個人の意思を尊重しつつ医療を行います。“きずぐち”を完全になくすことは残念ながらできませんが、よりめだたなくなるように、できる限りの治療を行います。

 わたしたちは、こどもが大人になったときに、うまれつきのこの病気のことを気にせず、普通の幸せな生活を送れるようになってほしいと思っています。そしてわたしたちは医療を通じて、こどもが立派な大人になることを最大限援助していきたいと考えています。 

口唇裂:手術

術前
 テーピングによる上口唇の固定を行っています(主にスリーエム社のマイクロポアテープ茶色を使用しています)。
 必要な方には、口蓋床や外鼻矯正器具などの装着を追加して行っています。
 哺乳については制限はありません。
 手術は生後3ヶ月、6kgをめどにおこないます。ただし装具の装着具合によっては6ヶ月まで待機することもあります。術前1ヶ月は予防接種をしないでください(全身麻酔との兼ね合いです)。
 口唇・顎の成長をみますので、1ヶ月ごとに受診してください。

 

入院
 通院で、血液検査、麻酔科受診などをしておき、入院に備えます。
 手術の前日に入院してください。担当医が手術の説明を行います。上肢の抑制筒の装着をしてください。抑制筒は、こどもの手が“きずぐち”を触らないようにする目的で使用します。哺乳は注射器哺乳で行い、われている側と反対の口角からしてください。お母さんの付き添いが必要です。
 麻酔科から術前の絶飲食の指示が出ます。
 注射器と抑制筒は購入していただく必要があります。
 発熱・せき・鼻みず、などの症状が強い場合には、入院と手術を延期します。
 抑制筒の装着、手術延期などは、こどもの安全を考えて行うものです。ご家族のご理解をお願いいたします。

 

手術
 全身麻酔で行います。手術が終わり、全身状態に問題がなければ帰室します。創部にはテープとガーゼ、鼻腔にタンポンガーゼを挿入してあります。
 当院では、世界で最も標準的治療といわれるMillard(ミラード)法を改良した術式で行っています。上口唇と鼻腔内までを主に治療し、外鼻についてはなるべく最小限の操作になるようにしています。これは手術を早期に行うことによる、こどもの顔の成長抑制を最低限にするための配慮です。手術では皮膚や筋肉を切開し、正常な位置に筋肉や皮膚を再配置して縫合します。なるべくキズがめだたなくなるように配慮して治療しています。

 

術後
 しばらくは創部周囲の腫れや発赤があり、また多少の発熱と共に機嫌の悪い状況となります。手術の影響ですので、改善には時間がかかります。
 点滴で輸液管理を行い、回復すれば注射器哺乳を再開します。
 適宜ガーゼ交換を行います。
 退院については、出血腫脹がおちつくまで待ちます。落ち着くまでに3-4日は必要なことが多いでしょう。抜糸を外来通院でするかどうかによって退院日を決定します。
 抜糸については、白唇部は5-7日後、赤唇部は7-10日後、外鼻の固定糸については14日後をめどに行うこととしています。  
 術後もテーピングを24時間行います。標準では3ヶ月してください。かぶれる人は外来で相談してください。
 適応のある人には、リテイナーという鼻の装具を装着します。
 術後2週間は抑制筒を装着してください。指しゃぶりはいけません。
 鼻の装具やテーピングがうまくフィットしない場合もあります。

 

退院後
 最初は1ヶ月ごとにきずの状況を確認しますので受診してください。
 適宜テーピングや紫外線よけクリームの塗布などの指示をします。
 日焼けはしみになりやすいので、過度な日焼けはしないようにしてください。

口蓋裂

 口蓋は、舌で上あごをさわると触れる場所のことで、奥に骨がある硬口蓋と、いわゆる“のどちんこ”のまわりの骨がない部分の軟口蓋とに分かれます。この場所に割れ目や穴がある先天性疾患のことを、口蓋裂と呼んでいます。
 この疾患がなぜおこってしまうのかはよくわかっていません。日本人では口唇裂とあわせて、400から500人に1人の割合でみられます。摂食哺乳(飲んだり食べたりすること)と構音(ことばを発声すること)に障害がでるため、治療が必要となります。
 生後から、披裂(われて穴が開いていること)の部位によっては、ホッツと呼ばれる口蓋床(穴をふさぐ装具)をつける必要がある人もいます。これについては、紹介元病院で作成してもらう場合と、当院で歯科に依頼して作ってもらう場合があります。
 哺乳用の乳首については、口蓋裂用の乳首がピジョンなどから市販されています。
 当院では、紹介をいただいた後、3ヶ月ごとぐらいに口蓋の発育の状況を観察していきます。口蓋が順調に発育し、他の合併症で重篤なものがないようでしたら、1歳、体重9kg程度で治療をしています。


口蓋裂:手術

術前
 術前に飲食物の制限はありません。
 手術は生後12-18ヶ月、9kgをめどにおこないます。ただし発達の具合によっては3,4歳ごろまで待機することもあります。
 3ヶ月ごとに受診してください。口蓋・顎の成長をみます。
 術前に可能であればコップ飲みの練習をしておいてください。術後は口の中に硬いものをいれることができません(キズが裂けてしまう恐れがあるためです)。術後にストローや乳首は使えないので、コップで練習しましょう。
 術前1ヶ月は予防接種をしないでください(全身麻酔との兼ね合いです)。


入院
 通院で、血液検査、麻酔科受診などをしておき、入院に備えます。
 手術の前日に入院してください。担当医が手術の説明を行います。上肢の抑制筒の装着をしてください。飲み物はコップで行い、食事はレンゲを使ってください(ストローやスプーンのように口の中に入れるようなものはやめましょう)。お母さんの付き添いが必要です。
 麻酔科から術前の絶飲食の指示が出ます。
 抑制筒は購入していただく必要があります。
 発熱・せき・鼻みず、などの症状が強い場合には、入院と手術を延期します。
 抑制筒の装着、手術延期などは、こどもの安全を考えて行うものです。ご家族のご理解をお願いいたします。

 

手術
 全身麻酔で行います。手術が終わり、全身状態に問題がなければ帰室します。
 手術は2つの方法を選択して行います。ひとつはPush-back(プッシュバック)法といい、もう一つはFurlow(ファーラー)法です。
 大きく口蓋が割れている場合は、前方の硬口蓋と後方の軟口蓋との両方を切り、断裂している筋肉を正常な位置に戻し、その上で口腔粘膜を縫合します。可能な範囲で粘膜組織を後ろの方にずらして縫合します。これをPush-back(後方移動プッシュバック)法といいます。この場合、後ろに粘膜をずらして移動した分、手前の粘膜が足りなくなって骨が露出してしまうため、成長抑制が多少出やすいといわれています。しかし大きく割れている場合は、この方法でしか改善させることができないため、必要な場合はこの方法で行っています。
 披裂がある程度の場合は、後方の軟口蓋のみを触る方法を選択します(Furlow法(ファーラー法)など)。軟口蓋を切開し、走行が異常な場所にある筋肉群を正常な位置に戻し、かつ粘膜を縫合します。この方法は口蓋にかかる侵襲度は小さくなる方法ですが、残念なことに披裂が軽度でない場合は使えません(使っても口蓋裂がうまくなおらない)。
 手術中にどちらの方法が最適なのかを見て決めますので、かならずこちらの方法でという指定はできません。

 

術後
 出血を抑えるため、止血用の綿を口の中に当てています。のどをつめないかぎりはとらないでください。
 しばらくは創部周囲あるいは口唇の腫れや発赤があり、また多少の発熱と共に機嫌の悪い状況となります。手術の影響ですので、改善には時間がかかります。
 点滴で輸液管理を行います。回復すれば経口摂取を再開します。
 鼻からチューブを胃まで入れて、チューブを通して栄養をとります。
 退院については、出血や腫れがおちつくまで待ちます。落ち着くまでに1-2週間程度は必要なことが多いです。
 入院中に経口摂食の内容を決めしばらく軟食を継続します。
 再出血や瘻孔形成がある場合は、摂食をおくらせます。
 抜糸は必要ありません(しばらく糸は見えていますが、しだいに溶けてなくなります)
 術後1ヶ月は抑制筒を装着してください。指しゃぶりはいけません。硬い食べ物やおもちゃを口の中に入れないでください。
 口蓋裂の手術は、足りない粘膜を何とかやりくりして割れ目(披裂)を閉じるもので、術後“きずぐち”に穴(瘻孔:ろうこう)ができることがあります。またいったんふさがっても硬いものが当たったりして穴があいてしまうこともあります。小さい瘻孔であれば問題ありませんが、大きく瘻孔ができた場合は、後日再度手術で治療が必要になることがあります。出血が多い場合は、のどをつめてしまうので呼吸が困難になり大変危険です。その場合緊急手術が必要になることがあります。

 

退院後
 食事は軟食として、入院中と同じぐらいの硬さのものを食べてください(ミキサー食など)。
 術後1ヶ月で元の硬さに戻してください。硬いものは6ヶ月間はやめてください。
 硬いもの(アメ、せんべいなど)、柔らかいけれども口蓋に貼りつくもの(ミルクにひたしたパン・クッキー・チーズ・のり・キャラメル・バナナなど)、はやめましょう。
 指やおもちゃを口の中に入れないでください(抑制筒をしばらく使用してください)。
 抑制筒は術後4週間装着してください。
 骨露出部が治癒するのには3-4週間はかかります。歯ブラシでの歯磨きは許可がでるまでしないでください。  

ことばの教室について
 4歳ごろをめどに当院の言語聴覚士の評価を受けるようにします。必要な場合は言語指導に通うように指示します。それでも構音障害が残存する場合は、2回目の手術を検討します。

検査について
 4歳以降では定期的に検査を行います。鼻からカメラを入れて、のどの奥を見る「内視鏡検査」や、横からのX線を当ててのどの形態を見る「セファロX線撮影」などを、当院耳鼻咽喉科・歯科の協力でしています。この検査は18歳ごろまで適宜行っています。 

 

顎裂

 上あごの歯が並んでいる歯ぐきの一部に、土台となる骨が生まれつきないため、歯槽に穴が開いて、口の中と鼻の中がつながってしまっているところを、顎裂と呼びます。口唇裂や口蓋裂の一部の症状です。
 くちびる(口唇裂)の治療をすると、歯ぐきが外から見えなくなるため治療がいらないと思われがちですが、顎裂も治療を行う必要があります。穴を閉じることで口腔と鼻腔とをわけて衛生を改善すること・骨を植えることで上顎の骨を連続させて、顎裂のまわりの歯の安定性を改善すること・骨を植えた部分に歯を導くことなどにより、かみあわせ・歯や口腔の衛生を良くしていきます。
 7歳ごろにCT撮影やX線撮影を行い、8歳ごろに治療を行います。歯の萌出ぐあいによって、個人によって手術時期が変わりますが、定期的な受診の際にそれらが決定されます。


顎裂:手術

術前
 術前に飲食物の制限はありません。
 手術は8-9歳の混合歯列期に行います。CT検査を前もって受けておきます。

入院
 通院で、血液検査、麻酔科受診などをしておき、入院に備えます。
 よく歯をきれいにしておく習慣をつけておきましょう。
 手術の前日に入院してください。担当医が手術の説明を行います。口腔衛生用の細いスポンジを購入しておきます。お母さんの付き添いが必要となるでしょう。
 麻酔科から術前の絶飲食の指示が出ます。
 発熱・せき・鼻みず、などの症状が強い場合には、入院と手術を延期します。
 手術延期は、こどもの安全を考えて行うものです。ご家族のご理解をお願いいたします。

手術
 全身麻酔で行います。手術が終わり、全身状態に問題がなければ帰室します。
 手術は2つ行います。ひとつは骨を採取するもので、もうひとつが骨を移植するものです。
 骨採取は、腰のベルトが触れる部位(腸骨部とよびます)から行います。硬い骨の奥にある、海綿骨というスポンジのようなものを採取します。
 骨移植は、上あごの歯ぐきを切開して、骨のないところに、採取した骨を移植して縫合します。
 くちまわり はそのまま開放とし、腰にはガーゼをあてて帰室します。

 

術後
 しばらくは創部周囲あるいは口唇・頬部の腫れや発赤があり、また多少の発熱と痛みがでます。改善には1週間くらいかかります。 腰が痛いときは、いたみどめを使用します。
 点滴で輸液管理を行います。回復すれば経口摂取を再開します。
 頻回に口の中や歯ぐきを洗って、きれいにしましょう。スポンジなどを使ってよごれを流していきます。 
 入院中に経口摂食の内容を決めしばらく軟食(ミキサー食)を継続します。
 抜糸は必要ありません(しばらく糸は見えていますが、しだいに溶けてなくなります)
 退院については、出血や腫れがおちつくまで待ちます。落ち着くまでに1-2週間程度は必要なことが多いです。硬い食べ物を口の中に入れないでください。
 移植した骨が吸収され、腰の骨ではなく、上顎骨に置き換わるには6か月の期間が必要です。

 

退院後
 食事は軟食として、入院中と同じぐらいの硬さのものを食べてください(ミキサー食など)。
 術後1ヶ月で元の硬さに戻してください。
 運動は術後1か月はしないでください。
 術後6か月してCT検査を行い、骨の生着状況をみます。

 

口唇裂・口蓋裂の総合的治療

 手術がすめば治療はおわり、ではありません。手術が終わっても、ようすを見ていく必要があります。ことば・かみあわせ・中耳炎・聞こえ・あごの発育・精神発達、まわりのこどもたちとの協調などなど、いろいろなことを乗り越えなくてはいけません。もちろん見た目の整容性もだいじなことです。定期的に受診をしてください。

 われわれ大人は、こどもが成長してりっぱな人間になってもらいたいと願っており、その手助けをできる限りしたいと思っています。いつでもご相談ください。

京都府立医科大学 附属病院 形成外科
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